研究 Research

基礎研究について Basic Research

肺高血圧症・右心不全

肺高血圧症・右心不全について

肺高血圧症(PH)とは何らかの原因で肺動脈圧が上昇する疾患の総称です。欧州心臓病学会肺高血圧症診断・治療ガイドライン2022(Humbertら)や肺高血圧症治療ガイドライン2017(福田ら)において、PHの臨床分類としてその病因・病態により肺動脈性肺高血圧症(第1群、PAH)、左心疾患に伴うPH(第2群)、肺疾患に伴うPH(第3群)、慢性肺血栓閉塞症によるPH(第4群)、その他のPH(第5群)と5つの群に分類されており、その分類毎に治療方針が異なります。PAHは1-2人/100万人と希少疾患ですが、治療介入を行わないと平均生存期間は2.8年と非常に予後不良疾患でありました。近年は肺血管拡張薬の使用により大幅に予後が改善しており、本邦からの報告では3年生存率は95.7%となっており(Tamura et al. Circ J 2018;82:275-282)、確実な診断と早期発見、介入が重要と考えられます。またいずれのPHにおいても持続することで右心に負担がかかり、最終的には右心不全から死に至ります。現時点で右室機能障害に対して有効な介入手段はなく、右室機能障害に対する新規治療法の開発が喫緊の課題です。

当研究室の取り組み(基礎研究)

当研究室では、主に第1群肺高血圧症である肺動脈性肺高血圧症(PAH)を対象として、モデル動物や右室圧負荷モデル(PAB)を用いた右室機能障害に対する介入実験を行っています。また、PAH患者由来の肺動脈内皮細胞や肺動脈平滑筋細胞を用いた細胞実験にも取り組んでいます。これらの研究を通じて、PAHおよびそれに伴う右室機能障害の病態や増悪機序を解明するとともに、独自の視点に基づく新規治療法の開発を目指しています。
当研究室の礎は、現主任教授である阿部弘太郎先生によって築かれました。2024年より吉田賢明先生が研究室を引き継ぎ、さらに2026年から桑原志実先生がカナダ留学から帰国し、2名による研究体制のさらなる充実と活性化が進んでいます。

研究室メンバー 集合写真

主な研究プロジェクト

PAHモデル動物の確立および血行動態ストレスの重要性

PAHモデルは様々報告されていますが、動物実験においてはモデル動物の表現型が重要となります。中でもSU5416+低酸素モデル(SuHx)はヒトのPAHと肺の病理組織像が類似しており、肺動脈圧が遠隔期でも低下せず、右室機能障害を生じることを阿部教授が報告しました(Abe K, et al. Circulation. 2010)。以降PAHにおけるtranslational researchはSuHxを用いることが世界的に標準的なモデルとなりました。また同モデルにおいて片肺バンディングを行い血流を低下させることにより、NF-κBが抑制され、進行した肺血管リモデリングが退縮することを明らかにし、当時PAHの増悪機序として主流であったcancer like paradigmに一石を投じ、hemodynamic stressの重要性を提唱しました(Abe K, et al. Cardiovasc Res. 2016)。一方同じ齧歯類でもマウスのPAHモデル動物は存在しません。そこでマウスの片肺を切除しSU5416を投与することでヒトに類似したPAHが生じるか検討を行いました。しかしPHならびに肺血管病変は出現せず、マウスにおいてはhemodynamic stressはPAHの成立において重要ではない可能性が示唆されました(Sun XQ, Yoshida K, et al. Am J Physiol Lung Cell Mol Physiol. 2024)。

肺高血圧の予後を予測する新規バイオマーカーの探求

肺動脈性肺高血圧症(PAH)の生命予後は、近年の治療法の発展で大きく改善してきましたが、予後を予測する血液バイオマーカーがないことが問題でした。そこで、プロテオミクス解析(Olink proximity extension assay)を用いて、肺高血圧患者さんの血漿中の700以上のタンパクを解析し、予後との相関関係を調べました。それにより、従来の予後予測精度を改善させる可能性を持った複数のタンパク質を特定することに成功しました。さらにこれらのタンパクが肺高血圧症の機序にどのようにかかわっているかを、肺高血圧モデルラットや、培養細胞を用いた実験で明らかにしました。
さらにこの研究の中では、肺高血圧で加齢に関連したタンパクが多く発現亢進していることを報告し、肺高血圧と細胞の加齢現象には深い関わりがあることを示しました(Kuwabara Y. et al, Am J Pathol. 2025 Aug;195(8):1376-1393)。
この研究は日本肺高血圧・肺循環学会において2026年の学会奨励賞を受賞しました。

PAHと右室機能障害と無菌性炎症の関与

細胞はストレスにさらされるとミトコンドリアDNA(mtDNA)が断片化します。Toll Like Receptor 9(TLR9)は内因性炎症システムをコントロールしており、非メチル化CpGモチーフをリガンドとします。近年、TLR9は非メチル化CpGと構造が類似したmtDNAをリガンドとして認識し、細胞ストレス化で無菌性の炎症を惹起すると報告されました。当研究室ではPABモデルを作成し、術後経時的に右室におけるTLR9-NF-kBを介した無菌性炎症が上昇すること、またTLR9阻害薬やNF-kB阻害薬を用いることで炎症細部の浸潤や心筋線維化を抑制し、右室機能が維持されることを示しました(Yoshida K, et al. Cardiovasc Res. 2019)。またモノクロタリン誘発性PAHモデルにおいてTLR9による無菌性炎症が肺血管リモデリングにも寄与していることを報告しました(Ishikawa T, et al. J Am Heart Assoc. 2021)。これらによりTLR9-NF-kBを介した無菌性炎症の制御がPAHの病態抑制に重要である可能性を示しました。

PAHと右室機能障害における副交感神経賦活化の重要性

PAHにおいて自律神経のアンバランス(交感神経賦活化>副交感神経抑制)が予後不良指標として知られています。アンバランス是正のためβ阻害薬を用いた検討がされていますが、その有効性は示されていません。そこで迷走神経を直接電気的に刺激し、副交感神経の賦活化を行うことでSuHxに対する電気的迷走神経刺激(VNS)が副交感神経賦活化により自律神経バランスを正常化し、抗炎症効果を介して肺血管リモデリングを改善させ、その予後を改善することを明らかにしました(Yoshida K, et al. JACC Basic Transl Sci. 2018)。
さらに右室圧負荷モデルにおいてVNSにより右室線維化を抑制し、負荷非依存の収縮性指標である収縮末期エラスタンスを上昇させていることを明らかにし(Yoshida K. et al. Pulm Circ. 2023)、VNSがPAH患者に対する新規治療法となりうる可能性を示しました。これらの検討はNature PortoforioのNeuroceuticalsに引用され、注目を集めています。
詳しくはこちら。

Yoshida, K. et al. J Am Coll
Cardiol Basic Trans Science.
2018;3(5):657-71.

エドキサバンの肺血管リモデリング抑制効果の解明

凝固因子Xa(FXa)はPARを介した炎症性反応や細胞増殖に寄与していることが知られています。FXa阻害作用を有するエドキサバンをモノクロタリン誘発性PAHモデルラットに投与すると、肺血管の中膜肥厚を抑制し、肺高血圧症を改善させ、また肺におけるNF-kB活性やIl6の発現を抑制していました。肺動脈平滑筋細胞にFXa刺激を行うと、細胞外シグナル調節キナーゼ、Il6発現、並びに細胞増殖能が増加し、エドキサバンまたはPAR1阻害薬の投与によるそれらの効果は抑制されました。これらの結果よりエドキサバンはFXa阻害によりNFκB-IL-6を介した肺血管における炎症、リモデリングを抑制させることが示唆され、PAHにおける新たな治療ターゲットとなる可能性を示しました(Imakiire S, et al. Am J Physiol Lung Cell Mol Physiol. 2025)。

PAHにおけるプロスタグランジンE2受容体4の役割の解明

プロスタグランジンE2受容体4(EP4)はGタンパク質共役受容体スーパーファミリーのメンバーであり、cAMPを介した血管弛緩効果が期待されます。経口選択的EP4刺激薬は潰瘍性大腸炎や変形性膝関節炎といった炎症性疾患やモデルにおいて有効であることが報告されております。ヒトPAHの新たな治療薬の開発にむけて、現在PAH動物モデルに対する治療効果の検証を行っています。

ページトップへ戻る